目次
はじめに
ジョージ・ソロスという名前をお聞きになったことがありますか。ジョージ・ソロスは、ウォーレン・バフェット、ジム・ロジャースと並んで世界三大投資家と言われ、フォーブス社の発表する世界長者番付の常連(2017年は29位(資産総額252億ドル))になるほどの大成功をおさめた非常に著名な投資家です。また、過去の実績から「ヘッジファンドの帝王」「イングランド銀行を潰した男」などの異名で呼ばれることもあります。ソロスの売買に関する情報が流れるとそれに追従する人も多く、ソロスの動向は常に注目を集めてきました。ここでは、ジョージ・ソロスという投資家について、掘り下げてみましょう。
1 ジョージ・ソロスってどんな人?
まずは、ジョージ・ソロスの経歴を振り返ってみましょう。
1.1 生い立ち
ジョージ・ソロスは、1930年、ハンガリーの首都ブタペストに生まれたユダヤ人です。父親は第一次世界大戦でロシア軍の捕虜となり収容所から脱走するという苦労をし、またソロス自身もユダヤ人としてファシズムとホロコーストを生きながらえるという過酷な経験をしています。その後イギリスに渡りますが、大学に入ったものの鉄道の荷物運びやウェイターをなどしながら自分で生活費と授業料を稼ぐという、その後からは想像もつかない苦学生でした。卒業後、しばらくは金融とは無縁の会社でセールスマンなどをしていましたが、その後金融業界に入り1956年にニューヨークのウォール街に渡ります。
1.2 「史上最強のヘッジファンド」、クォンタム・ファンドの設立
1969年、ソロスは世界三大投資家のもう一人、ジム・ロジャースとともにファンドを設立します。このファンドはのちにクォンタム・ファンドという名前で「史上最強のヘッジファンド」とも言われる伝説的なファンドとなりました。設立以来1981年まで損失を出しておらず、設立当時に100万円をファンドに託していれば1997年には30億円以上になっていると言われるほどの高いパフォーマンスをあげました。1998年には運用資産世界一のヘッジファンドになり、2010年にはファンド規模が史上最大の270億ドルに、また2013年にはファンド史上最高額の55億ドルの利益をあげたということからも、そのように言われる理由がうかがえます。
1.3 ポンド危機で「イングランド銀行を潰した男」に
クォンタム・ファンドですでに知られていたジョージ・ソロスの名前をさらに世界中に知らしめたのは、ポンド危機です。当時イギリスは、ERM(欧州為替相場メカニズム)に加入し、ユーロへの通貨統合に向けて加盟国間で為替レートを固定する必要があり、ポンドは過大評価された状態にありました。ここに着目したソロスは、短期間に多額のポンドの空売りを仕掛けたのです。1992年9月16日、イングランド銀行が公定歩合を引き上げると、市場全体でのポンド売りは加速し、イングランド銀行は必死に買い支えをしたものの資金が尽き、ポンドは約10%暴落、事実上のERM脱退となりました。ソロスが空売りしたポンドは100億ドル相当とも言われ、これによりソロスが得た利益は10億ドルとも20億ドルとも言われています。ちなみに、この日は「ブラック・ウェンズデー」と呼ばれている一方で、結果的にはイギリス経済が好転するきっかけになったして「ホワイト・ウェンズデー」とも呼ばれています。なお、1997年のアジア通貨危機もソロスによるタイ・バーツの売りがきっかけであったと言われ、マレーシアの当時のマハティール首相がソロスを名指しで非難しました。
1.4 投資家以外の側面
投資家として非常に著名なソロスですが、慈善家、政治活動家としてもよく知られています。彼が設立したオープン・ソサエティ財団という慈善団体は、故郷ブタペストでの中央ヨーロッパ大学設立をはじめとする教育機関への支援や、人権擁護、難民問題、ドラッグ禁止活動、貧困家庭の子供たちへの支援など幅広く行ってきました。同財団は、過去35年間で約140億ドルの支出を達成し、2017年の予算は約9.4億ドルにのぼるなど、その活動規模はかなりのものです。なお、2017年10月、ソロスは家族の資産を運用しているファンドから、約8割に当たる180億ドルを同団体に移管しています。
また、ソロスは若い頃から哲学への関心が高く、哲学の博士号を取得している哲学者としての側面もあります。ソロスの発言がよく「名言」「投資哲学」などと言われて取り上げられるのは、こういったバックグラウンドもあってのことでしょう。
2 ソロスの名言
哲学者としての側面を持つソロスは、さまざまな場で発言をしていますが、そのなかでも印象的で名言・投資格言としてよく知られているものがあります。
「まず生き残れ。儲けるのはそれからだ」
私の実践的スキルを要約せよ、と求められたなら、ただひとこと「サバイバル」と答えるだろう。まず生き残れ。儲けるのはそれからだ。
「投資格言DB」より引用
ユダヤ人迫害という生死隣り合わせの厳しい環境を幼少期に経験したソロスならではの言葉です。ソロスは、投資をするならばまず、退場せずに市場に参加し続けることが大事だと言っています。儲けることばかりを夢見るのではなく、不安定で予測困難な市場で生き残るにはどのようにしたらよいのかを考える、投資初心者にとってはわかりやすくシンプルな言葉ですね。
「市場は常に間違っている」
「市場は常に間違っている」というのは私の強い信念である。市場参加者の価値判断は常に偏っており、支配的なバイアスは価格に影響を与える。私が確かに人より優れている点は、私が間違いを認められるところです。それが私の成功の秘密なのです。
「投資格言DB」より引用
ソロスは、市場は完全ではなく常に欠点を抱えていると考えていました。大多数の意見に流されることなく、また自分自身の仮説にさえも批判的であるという彼の姿勢は、しばしば有利なうちに利益を上げて手を引くことにつながりました。また、彼はすべての仮説には欠点があるものだと固く信じており、仮説にある欠点を認めるとほっとしたとさえ言っています。
「成功すれば、人は自分の考えに関心を示してくれるはず」
成功すれば、人は自分の考えに関心を示してくれるはず。
「投資格言DB」より引用
ソロスは投資によって世界的に著名な資産家になりましたが、社会的に知名度が高くなってからは、その資産の多くを慈善事業や政治活動に費やしています。もともとソロスが投資の世界に足を踏み入れたのは、哲学者として自立していくための資金稼ぎが目的だったそうですが、彼には理想とする社会や経済概念、信念がありました。自分の考えに耳を傾けてもらうには何よりも成功することが一番強力な手段だ、というのは説得力がある言葉です。
3 近年のソロスの動向
1930年生まれのソロスは、今年で88歳になります。2011年にはソロスファンドマネジメントの外部投資家からの資金を返還し、慈善事業などに注力していくとして、投資からの引退を表明しました。しかし、2016年頃から復帰していると言われています。
2016年に入ってから、ソロスは中国経済について発言するようになりました。中国経済のバブルの崩壊が近く、ハードランディングは不可避であるといった内容です。イギリスのEU離脱時にはポンド安を予想しつつもポジションを取らなかったソロスですが、中国の元を売るために現役復帰したのでは、という見方がされています。ただし、2017年末現在、今のところ中国経済はバブル崩壊のような事態には至っていません。また、米国株の資産比率を減らし、金を購入している、米国株の売りポジションを増やしている、という情報もあります。アメリカの景気後退や米国株市場の下落を予想していると考えられますが、こちらも現在のところは好調でそのような兆しは見えていません。果たしてソロスの予想通りのことが起きるのか、ソロスの動向はまだまだ多くの投資家から注目されており、今後も気になるところです。
4 おわりに
いかがでしたか。ジョージ・ソロスは単に著名な投資家というだけでなく、慈善家、政治活動家、哲学者など多くの側面を持っており、複雑で奥の深い人物です。彼の名言・投資格言を紹介しましたが、ほんの一例に過ぎず、他にもたくさんの印象深い言葉があります。ソロスに関する本は、著作も含めて多数出版されています。ご興味のある方はぜひ手に取ってみてください。
・ジョージ・ソロス著『新版 ソロスの錬金術』(総合法令出版,2009)
・ジョージ・ソロス著『ソロスの警告 ユーロが世界経済を破壊する』(徳間書店,2012)
・ジョージ・ソロス著『ソロスの講義録 資本主義の呪縛を超えて』(講談社,2010)
・ジョージ・ソロス著『ソロスは警告する 2009 恐慌へのカウントダウン』(講談社,2009)
・ジョージ・ソロス著『世界秩序の崩壊 「自分さえよければ社会」への警鐘』(ランダムハウス講談社文庫,2009)
・ジョージ・ソロス著『ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ』(講談社,2008)
・ジョージ・ソロス著『ジョージ・ソロス―投資と慈善の哲学 (NHK未来への提言)』(日本放送出版協会,2008)
・ジョージ・ソロス著『ブッシュへの宣戦布告―アメリカ単独覇権主義の危険な過ち』(ダイヤモンド社,2004)
・ジョージ・ソロス著『グローバル・オープン・ソサエティ―市場原理主義を超えて』(ダイヤモンド社,2003)
・ジョージ・ソロス著『ソロスの資本主義改革論―オープンソサエティを求めて』(日経新聞社,2003)
・マイケル・T・カウフマン著『ソロス』(ダイヤモンド社,2004)
・マーク・ティアー著『バフェットとソロス 勝利の投資学』(ダイヤモンド社,2005)
・越智道雄著『ジョージ・ソロス伝』(ビジネス社,2012)
・桑原晃弥著『伝説の7大投資家 リバモア・ソロス・ロジャーズ・フィッシャー・リンチ・バフェット・グレアム』(角川新書,2017)